スタッフ紹介

私は、茨城県の鹿嶋市で育ちました。私は四姉妹の次女で妹二人は歳が離れています。

 

幼い頃は親戚達の中でも末っ子だった為、とても人懐っこい性格だったと思います。外で遊ぶことも大好きで服を汚したり転んで怪我をして泣きながら帰って母に心配を掛けることも度々ありました。「またか・・」と呆れつつ痛みが引くと「また行ってくる」と言う私を笑顔で見送ってくれていた母が大好きです。

 

中学へ上がってからも運動部に入ろうと思っていましたが、姉の影響で吹奏楽部へ入部し、担当の楽器はトランペットでした。音楽はもともと好きだったので吹奏楽の魅力にどんどん引き込まれていき外で遊ぶことも無くなり、家に楽器を持って帰って吹いたり、友達が担当していた楽器を教えてもらったりしていたので金管楽器から木管楽器、打楽器と様々な楽器を楽しんでいました。私が通っていた中学校は吹奏楽コンクールの成績はあまり良くはなく下から何番目というレベルでした。一年目、二年目のコンクールはいい結果を残すことが出来ず悔しい想いをして三年目の最後のコンクールでは今まで地区予選すら通過したこともなかったにも関わらず関東大会まで行くと目標を立て練習に励みました。上手くいかない事も沢山ありましたが、諦めないでやり切った結果地区予選を通過することが出来、県大会への出場が決まりました。やはり県大会のレベルは高く関東大会へ行くという目標を達成することは出来ませんでしたが、目標を高く持つことはとても良いことだと思いました。この頃のことは今でもよく覚えていて先生、一緒に入部した同期のメンバー、ついてきてくれた後輩のメンバー、家で支えてくれた家族に感謝の気持ちでいっぱいです。今でも当時使っていた楽譜を見たり曲を耳にすると楽器を吹きたくなります。

 

高校は隣の市の学校へ通っていました。部活は所属せず飲食店で接客のアルバイトをしていました。初めて働くということを経験し、初対面の人に対してもどうすれば喜んでもらえるか、どうすれば来てよかったと思ってもらえるかを考えながら働くことを心がけました。働いていくうちに仲良く話してくれるお客様も増えて働くことが楽しくなりました。入学した頃から卒業の時期まで同じ職場に勤めましたが最後の出勤日にはたくさんのお客様が三年間ありがとうと会いに来てくださってとても嬉しかったです。

 

卒業後は、幼稚園教諭の学校へ入学しました。幼稚園教諭を目指そうと思ったきっかけは、高校へ入学した頃に母の再婚で歳の離れた妹が二人出来て間近で幼い子供と触れ合い、子供の成長を一緒に喜び合い元気に育っていける環境を作りたいと思ったからです。高校卒業と同時に実家を出て暮らし始めましたが私情により一年で学校を辞める結果となってしまいました。幼稚園教諭という職業になることは難しくなってしまいましたが、子供と関わる事のできる職業を探していておもちゃ屋さんや子供服の販売員もありましたが、歯科助手という職業を知り、当医院を見つけました。妹や知人の兄弟が虫歯で歯が痛くてご飯を食べることを嫌がったり治療に行って怖がって泣いていたことが印象強かったのですが、当医院のホームページを見て「楽しい歯科医院」というワンフレーズに惹かれここならばやりがいを感じ成長しつつ楽しく働けるのではないかと思いました。歯科助手経験は無くゼロからのスタートですが多くの患者様に楽しい歯科医院と思っていただけるよう笑顔で仕事に励み、歯科助手としての技術を身に付け成長していきたいと思っていますので宜しくお願い致します。

 

長々と読んでいただきありがとうございました。

 

 

 

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